アンデシュ・ハンセン著
『スマホ脳』
(新潮社、2020年)
僕はおもに電車の中で本書『スマホ脳』を読んだのですが、時折本から目を離し、いったいこの電車内のどれくらいの人が「スマホ脳」になっているのかをチェックしてみたい気持ちに駆られ、周りを見渡しました。
7人掛けの座席では、6人がスマホに目をやっている(1人は居眠り)。全員マスクをしているので顔全体はうかがい知れないが、目はどこか深刻さを感じさせる。ウクライナ情勢に関する最新ニュースでも見ているのか?と、他人が何を見ているのかちょっと気になったので、ひとまず自分の左側にいるサラリーマンの画面をこっそり覗くと、お色気がかったゲームに興じていました。見てはいけないものを見たような気になり、すぐに顔を右に向けると、イヤホンをした若い女性が横向きにしたスマホ画面をじっと見つめている。NETFLIXで韓流ドラマでも見ているのかな……?僕のように本を読んでいる人は見まわす限り一人もいません。それだけでなく、新聞も週刊誌も「ジャンプ」も「マガジン」も、今や電車からは駆逐されてしまったのか。老若男女が入り混じるこの電車の中が世の中の縮図であるとするならば、ほとんどの現代人は本書の定義するところの「スマホ脳」であるように感じました。最近スマホデビューしたばかりで、「ガラケー脳」なのは僕一人?
本書著者、アンデシュ・ハンセン氏はスウェーデンの精神科医。前作『一流の頭脳』がベストセラーになり、本作はそれに次ぐ待望の一冊とあり世界的に大きな反響を呼んでいます。日本においても、「2021年1番売れた本」(表紙画像参照)ということで、その注目の高さがうかがえます(余談ですが、一番売れたにもかかわらず60万部とは、本離れの激しさを感じます。これも「スマホ脳」のせい?)。
本書はけっして難しい内容ではないのですが、翻訳本特有の回りくどい表現も多く、この手の本に慣れていない方、または「スマホ脳」の方が読むと、おそらく途中で挫折してしまうようにも思えますので、以下に要約を記しておきます。
20万年以上、狩猟採集生活を送ってきた人間の脳は、今でも当時の生活様式に最適化されており、生物学的にいうと、脳はまだサバンナで暮らしている。スマホに代表される現代のデジタル社会はそんな脳にハレーションを起こし、精神状態を悪くする。実際に先進国のほとんどで、睡眠障害の治療を受ける若者が爆発的に増えている。
それにもかかわらず多くの人がスマホばかり見ているのは、スマホが脳内の報酬システムをハッキングし、人間の行動を促すドーパミンの量を増やすよう設計されているからだ。新しい情報や環境、出来事に接すると、脳はドーパミンを放出する。食料や資源が常に不足していた世界では、新たな可能性を求める衝動を備えた人間の方が、食べ物を見つけるのに有利だったからである。スマホやSNSはそういう先祖から受け継がれた脳の特性を見越した上で、行動科学や脳科学の専門家を雇って、ドーパミンが放出されるような仕組みを構築している。スマホはそれ故に依存症を招く。特に子どもは、「スマホを手に取りたい」という欲求を我慢する自制心が未発達であり要注意。実際、スティーブ・ジョブズは我が子にiPadを与えなかった。スマホの利用時間の制限は必須……
と、まあこんな感じの内容です。僕が電車の中で見たように、現代人のほとんどはスマホ依存に陥り、片時もスマホから離れられないようになっています。これが脳に負担をかけていることは事実でしょう。しかし一方で、スマホは今や水や食料に次ぐ、欠かすことのできないライフラインです。人間とスマホに代表されるデジタルツールとの共存は可能か?過去と現在、そして万年単位先の人類をつなぐ重要な問いかけを本書より読み取ります。