玉置泰子著
『92歳総務課長の教え』
(ダイヤモンド社、2022年)
本書は次の言葉から始まります。
私は1930年(昭和5)年大阪生まれ、大阪育ちの浪速っ子で、2022年で92歳になります。いまでも平日の午前9時から午後5時半までフルタイムで勤務しています。
著者からすればただ事実を述べたに過ぎないものかもしれませんが、僕はこれを読んで、なぜかこみ上げてくるものを感じました。あれはいったいなんだったのか?
すべて読み終えた今、改めて考えてみると僕はこの言葉に「生きるってやっぱり素晴らしい!」というメッセージを読み取っていたことに気づかされます。本書はビジネス実用書として書かれたものですが、その根底には、ゲーテやニーチェのような賢人が一生をかけて追い求めたテーマがあるように感じます。それは「生きることへの肯定」です。それを地でいく著者の言葉は、賢人の格言以上に胸に響くものを感じます。
著者の玉置泰子さんは御年92歳にして、大阪のサンコーインダストリー株式会社という会社で総務課長を務めておられます。勤続は今年でなんと66年目、同社の社長はおろか会長よりも長いとのこと。90歳を超えても現役という方は他にもいますが、そのほとんどは会長や顧問といった名誉職で、実務の現場からは遠く離れた存在であるのに対し、玉置さんは課長として自分よりずっと若い社員たちと机を並べ、毎日朝9時~5時半まで会社の就業時間をフルタイムで働いています。言ってみれば66年ずっと一介の平社員なわけですが、これだけ長く勤めていると当然、世間の耳目を引くもので、2020年には「世界最高齢の総務部員」としてギネス世界記録に認定されました。
本書はそんな玉置さんが初めて書いた一冊です。この年齢の方が書かれた自伝は多くありますが、「100歳まで現役で働き、エッセイストデビューを夢見る」玉置さんにとって人生を振り返るのはまだまだ先の話のようで、本書では現役バリバリの視点から、仕事をうまく、また楽しくこなす方法を事細かに語っています。それはいわば、“世界一の先輩”からのアドバイス(教え)で、後輩である僕ら読者はありがたくそれを拝聴することができるのです。
では、その“世界一の先輩”のアドバイスとはどんなものなのかと言えば、奇をてらったようなものは一つもなく、誰もが納得のいくシンプルなものばかりです。著者は自身の考えを二宮尊徳の言葉「積小為大」(小さな努力の積み重ねが、大きな成果につながる)から説明し、小さなことを継続していくことの重要性を語ります。また、それを66年にわたり続けられた秘訣として、「今を生きることに集中する」ことを挙げます。66年と聞けば膨大な年月のように思えますが、それを生きた本人から言わせれば、「今を生きることに集中する」を積み重ねただけの、あっと言う間のものだったのかもしれません。昨日より今日、今日より明日の方がちょっぴり成長しているという実感、それが92歳になった今でも仕事を続けられている理由と玉置さんは言いますが、それはまさに「生きることへの肯定」です。玉置さんは仕事を通して、それを体現しています。人生100年時代を生きる僕らにとってこれほど見本となる先輩はいません。
ところで、玉置さんの生まれた昭和5年といえば、僕の母の生まれた年でもあります。母は60歳で亡くなりましたので、もうかれこれ30年以上経ったことになり、気が付けば僕も今年還暦を迎え母の年齢に追いつきました。母と同じ時代を生きた人が今日も朝9時からパソコンに向かい、淡々と業務をこなしている。その姿を思い浮かべると、いとおしさに胸が熱くなります。本書の冒頭を読み、こみ上げてきたのにはこういう個人的な理由もあったような気がします。
